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再興九谷 九谷庄三

文化13年〜明治16年(1816〜1883)

庄三は能美郡寺井の農家に生まれ、九谷各地の窯で修業し、天保3年17才のとき、陶匠として小野窯に招かれ、 赤絵細描や粟生屋風色絵の優れた作品を作りました。天保6年よりのとの梨谷小山焼や越中の丸山焼より 陶技の指導にまねかれ、天保12年に26歳で寺井に帰り、陶画工として独立、庄三と改名しました。

九谷庄三 色絵割取深鉢(寺井町九谷焼資料館)

天保6年には、上絵顔料を求めて山野を探索しているうちに、火打谷に岩土を発見しています。世にいう 「能登呉須」で、後世の九谷焼絵付の顔料として貴重な発見です。
また、幕末から明治初期にかけて輸入された洋絵の具をいちはやく取り入れ、中間色の絵付を行っています。 慶応元年(1865年)独特の色調のある赤・えん脂・白盛・黒・茶色と、彩色色といわれる緑・黄・紺・青・紫・ 淡緑と更にこれらの色をそれぞれ交ぜることによって、その中間色を出すことに成功し、この多彩な色を駆使して彩色金欄手という絵付を確立しています。

九谷庄三 色絵金彩花鳥文大香炉(石川県立美術館)

この画風が産業九谷焼の主流となり、全国に普及していきます。また外国貿易品としての好みに適し、 同時に政府の輸出奨励策にもすすめられ、明治前半の輸出貿易品として大量に輸出されました。

今日でも、この庄三風が代表的な九谷焼であると多くの人に思われているほどです。海外の九谷焼展示品も、 この庄三風作品が多く占めているようです。

庄三は、明治16年に68歳で没していますが、教えを受けた弟子は300人を超えているといわれています。 寺井九谷の隆盛の基礎を築いた人です。


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