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再興九谷 春日山窯

文化3年〜文政初年(1806〜1820)

色絵鹿図呉須赤絵写鉢(石川県立美術館)

加賀藩では藩窯の再開を決め、その指導者として京都の青木木米を招請したのが春日山窯の始まりです。 木米は金沢の卯辰山の瓦窯で古九谷の土と金沢茶白山の土とを混ぜて試験焼を行っています。結果は 良好であり、本格生産の見通しがたち、京都より助手の本多貞吉を呼び、卯辰山に連なる春日山(現在の金沢市山の上町)に窯を 築いて製陶を始めました。文化5年(1808)正月の金沢城火災による藩財政の緊迫のため、この窯は民営に 切り換えられ、また木米自身の作家としての意と藩の殖産事業との意見の違いもあり、木米は2年たらずで 金沢を去ります。

木米が去った後、松田平四郎が窯元となり本多貞吉らによって製陶が続けられましたが、文化8年(1811)に 開かれる若杉窯に貞吉が移ったため主工を失い、春日山窯は文政初年頃(1820)には廃窯となります。


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