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上野与一 陶歴

 加 賀 古 陶

 加賀の窯業史のうえで中世の平安時代の終りから、古九谷の焼かれる直前までの期間、加賀温泉郷周辺の地において生産された焼物を加賀古陶という。
 遺存品は少く、窯跡もまた土中深く埋れて絶えて久しく、今はそれについて語る人もない幻の焼物であった。
 加賀古陶それは南加賀の自然と民衆の心を背景として無名の陶人が無心と無雑作と無頓着の中に作りあげた日用雑器にしかすぎない。
 それゆえに、加賀古陶には、人間の情念が壮絶な美となって人間の「サガ」をむき出し、いくえにも絹につつまれて富家の奥深くしまわれている、近づきがたい完壁で精巧な芸術の美はない。
 しかしそこには素朴な陶人の心が、人知れず咲く野の花の如く清純と清楚が温雅な美となって、造り出されたのではなく、自然の摂理の如く生み出されたのが加賀古陶である。
 窯跡から拾い上げた一握りの破片との出会いが機縁となり、埋もれた加賀古陶の美がはげしい息吹となって、私の心の中に呪力となって荒れ狂い、神と火と土が混然一体となっておりなす不思議な魅力のとりこになった。山野に加賀古陶の陶人が使用した土を求めて陶車を廻し、手近な草木を焼いて釉をつくり、土を耕して農をいとなむ半農半陶の生活の中に、かっては民衆と共に生き、今は誰からもか
えり見られざる、加賀古陶に秘められている土の生命をいつのまにか見つめるようになり、窯跡近くの森と泉にかこまれた静かな雁渡山に窯を設けることにしました。
 私の加賀古陶は古人の跡を追う単なる模倣ではなく、古人が求めたところを求め、手軽につかっていただける現代の雑器「加賀古陶」が願いである。
 私の加賀古陶再興の願いが、埋もれていた加賀中世の陶芸文化をにない、古九谷創始の前段階を形成した、偉大な足跡を残しながらも後世に名を残すこともなく、母なる大地に帰していった多くの陶人達の霊に心からの「タムケ」とならば幸である。

  陶  歴
昭和四十七年 雁渡山に築窯
昭和四十八年 亜細亜現代美術展入選
       以後連続入選
       亜細亜現代美術会友
昭和五十四年 陶光会会員
昭和五十七年 新槐樹社準委員
       陶芸部運営委員
       穴窯を築窯
昭和五十七年 白山麓吉野谷村に於いて地場産業と
       して「白山護摩堂焼」を復興
昭和五十九年 新槐樹社賞を受賞
昭和六十年  新槐樹社委員 陶芸部審査員
       メキシコ国立美術館 招待出品
昭和六十一年 一柳青国際美術協会理事審査委員
       一柳青国際美術協会賞を受賞
       社団法人北陸陶芸会 理事
       加賀美術協会委員
       ローマン派美術協会展受賞
昭和六十二年 日本アンデパンダン展 出品
       石川美術会展 出品
昭和六十三年 全昌寺(文化財指定五百羅漢)
          本堂大香炉 完成
昭和六十四年 加賀美術協会常任理事
平成 三 年 加賀美術協会常任理事
平成 四 年 カナダバレー美術学校展 招待出品
  著  書
。加賀古陶ー加賀中世の窯業について−
 金沢大学日本海域研究所報告第五号   昭和四十八年
。加賀古陶創始過程への仮説−白山修験との関連性−
 金城短期大学紀要二号         昭和五十二年
。中世の南加賀窯
。加賀市史通史 上巻          昭和五十三年
。吸坂焼再検討 金城短期大学紀要第三号 昭和五十四年
。「 憩紀聞」「江沼志稿」に記載された九谷焼以前の
 焼物について 金城短期大学紀要第四号 昭和五十五年
。日本やきもの集成 第四巻(共著)
 平凡社                昭和五十六年
。作見焼   小松市立博物館      昭和五十七年
。加賀古陶  ニューサイエンス社    昭和五十九年
。加賀窯業史上の謎の地点を提起
      加賀市ライオンズクラブ ー 昭和六十一年
。加賀古陶 広報こまつ (第七二四号) 平成元年小松市
。小松の文化財 (共著) 小松市教育委員会
。加賀古陶               平成三年
。陶製 水煙
。他 南加賀窯業史序説、吸坂焼、古九谷、松山窯、本江窯等の著述あり。

     再興加賀古陶窯 上野与一
             (改め 陶 阿弥)
                      美術年鑑 参照